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鎌倉の旅行記【歴史・文化・芸術】

鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,島津忠久墓参道(鎌倉市西御門)
鎌倉の地域
鎌倉・湘南
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鎌倉の旅行時期
2012/09/24~" . 2012/09/24
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

島津忠久墓参道(鎌倉市西御門)

 鎌倉西御門の法華堂跡(源頼朝墓)に隣接する山の麓に、三公(大江広元、毛利季光、島津忠久)の墓が並んでいる。国指定史跡「法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)」にはこれら三公墓も含まれている。北条義時は2代執権で、北条政子の弟である。  明治になって、法華堂周辺一帯は島津・毛利家によって買収された。これらの土地およそ9,900m^2が平成14年(2002年)に島津家当主修久氏と毛利家当主元敬氏から鎌倉市に寄付され、鎌倉市の管理となった。しかし、それ以来、島津忠久墓参道は草も刈られることもなく、石段にも草が生え、草ぼうぼうで通ることも叶わなかった。  ではどうしてこの10年来一度も刈ったことがない島津忠久墓参道の草が刈られるようになったのか?世界文化遺産の審査が近づいているからと思うだろうが、実は、今年になって、島津家分家のご当主がご先祖の墓に参拝に訪れたのだが、この参道を通るのには難儀し、温厚なご当主が鎌倉市に文句を言ってさすがの鎌倉市も参道の草を刈ったというのが真相のようだ。おそらくは、お役所仕事とは良く言ったもので、下草刈りの最初の発注伝票に島津忠久墓参道を書き忘れたための失態であろう。毎回、先回の発注伝票をコピーしていたのであろう。  こんな事ぐらいで驚いてはいけない。鎌倉市の文化財の担当部門(文化財課と世界遺産登録推進担当)の仕事振りはいつもこんなものだ。 (表紙写真は島津忠久墓参道入口)
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鎌倉の旅行記 島津忠久墓。 天井がアーチ状に丸くなっており、古墳...
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鎌倉の旅行記 島津忠久墓参道。何度も訪れたがこの参道石段を通ったの...
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鎌倉の旅行記 島津忠久墓参道。石段には石を敷き、角に板石を差し込ん...
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鎌倉の旅行記 島津忠久墓参道入口。右に長州藩家老・村田清風の句碑(...
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鎌倉の旅行記 大江広元墓参道脇にある三浦泰村ら三浦一族の墓がある。...
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鎌倉の旅行記 「国指定史跡 法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)」看板...
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鎌倉の旅行記 義時法華堂跡(北条義時墓)。 年明けの世界遺産推薦...
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,田丸邸(鎌倉市扇ガ谷2)
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2013/02/23~" . 2013/02/23
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

田丸邸(鎌倉市扇ガ谷2)

 鎌倉市扇ガ谷2にある田丸邸は大正7年(1918年)に東京工業大学教授・田丸節郎(明治12年(1879年)?昭和19年(1944年))博士の邸宅として建てられたスレート葺きの木造平屋一部2階建ての洋館である。本人自身が設計したとされる。昭和3年(1928年)、昭和35年(1960年)、昭和45年(1970年)と補修・改修が行われてきている。国登録有形文化財になっている。  博士は南部藩士を父として盛岡に生まれた。兄には寺田寅彦の師であった東大教授の卓郎、弟に京城帝国大学・大阪府立大学の教授の莞爾がおり、秀才兄弟であったようだ。明治43年(1908年)、ドイツに留学してハーバーに師事し、アンモニア合成の研究をした高圧化学者である。また、東工大や学術振興会の設立にも貢献した。墓は海蔵寺にある。  関東大震災の翌年に、ハーバー夫妻が来日し、鎌倉の田丸家を訪問したときの写真に、「震災後ということで家は余震に備えてその時も未だ木の棒で支えられていた。この赤ん坊は大きくなっても甲斐性がなかったのでその家はその後中を手直しした程度で未だにこの同じ家に住んでいる。」と、次男の譲二氏(横浜国立大学教授を経て東京大学理学部化学科教授・学部長)が書いている。その邸宅が国登録有形文化財になっているのである。  また、「鎌倉の西洋館?昭和モダン建築をめぐる」(柴田泉著)(平凡社、2011年11月16日初版第1刷発行)にも掲載されている10棟のうちの1棟である。しかし、大正時代の震災前に建てられており、「昭和モダン建築をめぐる」の副題からするとおかしなものだ。この10棟には明治から大正に建てられた4棟、あるいは5棟が含まれており、荒っぽいサブタイトルの付け方である。  文化資産オンライン(http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=199142)には、「扇ガ谷の木立の中に占める敷地の中央に建つ。木造平屋建、建築面積一四九平方メートル。南北棟を中心に東西棟を十字に架ける複雑な切妻屋根でスレート葺とする。外壁は下見板張。西面の玄関から中廊下を通し、南に応接室や居間などを配する。簡素で軽快な洋館。」とあるが、 地番が「扇ガ谷2-254-1」と誤記になっている。地図には扇ガ谷2には26までしか見付からない。  鎌倉市内には国登録有形文化財は1ダースしかない。それも10箇所である。また、市内には鎌倉市の条例で定める景観重要建築物等と国の景観法に基づく景観重要建築物の他に、国登録有形文化財になっているものがあり、市役所の所轄部門が異なるような印象を受けてしまう。鎌倉市はそれほど大きな行政ではないだろうに。 (表紙写真は田丸邸)
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鎌倉の旅行記 旧中村光夫邸越しに田丸邸。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 田丸邸。谷戸の奥に、谷戸の幅一杯に敷地が広がる。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 田丸邸。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 田丸邸。
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鎌倉の旅行記 田丸邸の門柱。これまでにも、2、3度この門まで足を伸...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 田丸邸。
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,鎌倉・百八やぐら?中段
鎌倉の地域
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2012/03/20~" . 2012/03/20
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

鎌倉・百八やぐら?中段

 百八やぐらは覚園寺(かくおんじ)裏山頂上付近に広がる鎌倉では最大のやぐら群であり、鎌倉時代から南北朝にかけて造られ、4段に築かれた百数十窟(180窟とも)もある。数が多いということで、仏教でいうところの百八の煩悩になぞらえて名が付けられた。  百八やぐらは、五輪塔や宝篋印塔、仏像が安置されているものから、梵字が刻まれたもの、五輪塔や仏像が刻まれたもの(磨崖仏)など、一般的なものから珍しい様式のものまで、あらゆる形式のやぐらがあると言われている。こうした磨崖仏などはやぐらを彫った中世からのものであろう。天園ハイキングコースにも磨崖仏が見られ、このあたりには鎌倉でも磨崖仏が見られるところだ。  この百八やぐらが、今年になって提出された世界遺産の正式な推薦書では構成資産である覚園寺寺域にあるやぐらとして追加された形となった。  しかし、百八やぐらの中にある首の取れた石仏の台座には「東京二十一日講中」の文字が刻まれているものがある。天園ハイキングコースに近い上段のやぐらで開口部の広いものは、近世から近代には21夜講などでやぐらの中には石仏(観音さま)を安置していたようだ。  中段(2段目)のやぐら群には五輪塔が刻まれたやぐらもあり、その中には五輪塔に刻まれた梵字が残るものもあり、上の2段(最上段(4段目)と上段(3段目)よりは残りが良く、見るべき価値がある。 (表紙写真は百八やぐら中段(2段目)の左端から3番目のやぐらの奥面)
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から1番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から1番目のやぐら。五輪塔が見える。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から2番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から2番目のやぐら。五輪塔か何かが彫られている。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から3番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から3番目のやぐら。埋葬穴を囲んで3方に2段に五...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から3番目のやぐらの右側面。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から3番目のやぐらの左側面。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から3番目のやぐらの埋葬穴にも五輪塔が落ちている...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から3番目のやぐらの奥面。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から3番目のやぐらの入口左側。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から3番目のやぐらの入口右側。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から4番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から4番目のやぐらの左側。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から5番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から6番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から7番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から7番目のやぐら。6基の五輪塔が安置されている...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から8番目のやぐら。五輪塔が彫られている。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から8番目のやぐら奥面に彫られた2基の五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から8番目のやぐら左側面に彫られた1基の五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から8番目のやぐら右側面に彫られた2基の五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から8番目のやぐら奥面と右側面に彫られた5基の五...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から9番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から9番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から10番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から10番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から11番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から12番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から12番目のやぐら内の崩れた五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 このあたりのやぐら群。
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鎌倉の旅行記 左端から13番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から14番目のやぐら。五輪塔が彫られている。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から14番目のやぐら奥面に彫られた5基の五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から14番目のやぐら左側面にも何基かの五輪塔が彫...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から14番目のやぐら右側面に彫られた4基の五輪塔...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から15番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から16番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から17番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から18番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から18番目のやぐら内の五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から18番目のやぐら内の五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から19番目のやぐら。壁面に何か彫られている。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から19番目のやぐらの奥面に彫られた五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から19番目のやぐらの左側面に彫られた五輪塔。梵...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から19番目のやぐらの右側面に彫られた五輪塔。梵...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から19番目のやぐらの奥面右の穴に安置されている...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から19番目のやぐらの奥面左に掘られた穴。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 五輪塔に刻まれた梵字。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 奥面に彫られた五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 側面に彫られた五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から19番目のやぐらから見たやぐら群。
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鎌倉の旅行記 左端から20番目のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 左端から21番目のやぐら。
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,鎌倉の切通巡り
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鎌倉・湘南
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2010/01/10~" . 2012/04/12
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

鎌倉の切通巡り

 鎌倉は三方を山に囲まれているために、山を切り開いて道が付けられている。これを「切通」と呼んでいる。一般には、巨福呂坂切通、化粧坂切通、亀ヶ谷坂切通、朝夷奈切通、名越切通、極楽寺坂切通、大仏坂切通を「鎌倉七口」と呼んでいるが、これは江戸時代に「京七口」になぞらえて名付けられたものであり、必ずしも鎌倉時代の鎌倉への出入り口を示している訳ではない。  注目すべき切通は、実は「二階堂切通」であるが、名前も付いていないほど忘れさられている。江戸時代に「鎌倉七口」の一つに加えられなかったためにこのような状態になっている。しかし、源頼朝が奥州平泉に出陣し凱旋した街道にあると考えられるので、治承4年(1180年)から文治5年(1189年)までの10年間に掘削された切通である可能性が高い。  また、釈迦堂口切通は隧道ではあるが切通の名を冠して呼ばれている。しかし、鎌倉時代にはこの隧道の上に釈迦堂小切通があるが、その後にできた隧道に名を譲ったのかも知れない。  これ以外にも、永福寺切通、大船の切通、高野の切通と谷戸坂の切通などが残っている。  切通には防御施設が設けられたとされるが、掘削した下の道を掘削されずに残された尾根から弓で射ればどこでも防御施設になり得る。しかし、朝夷奈切通や「二階堂切通」、巨福呂坂切通、大船の切通、高野の切通と谷戸坂の切通にはそうした施設はない(ようだ)。  また、切通には必ずやぐらがあるとするのもおかしい。鎌倉中にある「二階堂切通」にはやぐらは皆無であるし、高野の切通にもやぐらはないが、大船の切通の一方の入口にはやぐらがある。また、谷戸坂の切通、巨福呂坂切通、化粧坂切通にやぐらは見られないが数10mから100mも行けばやぐらが見られる。  単に、交通路として開かれた朝夷奈切通と「二階堂切通」、釈迦堂小切通(釈迦堂口切通)、大船の切通、高野の切通と谷戸坂の切通、鎌倉への出入り口として防御施設が設けられた名越切通、極楽寺坂切通、大仏坂切通があり、山ノ内への出入り口として掘削された巨福呂坂切通と亀ヶ谷坂切通、尾根に通った街道に上る化粧坂切通があったのだ。その多くは尾根道として鎌倉時代以前からあったのだが、鎌倉時代の道路整備で掘削して切通としたところが殆どであろう。朝夷奈切通のように長い距離の掘削は道路工事としては大規模なものとなるが、円海山天園ハイキングコースに見られるように、岩を砕いて尾根道を平らにしているところは多々見られる。柔らかい鎌倉石を数m程度、掘削することは大規模な道路工事ということでもなく、普通にやられていたのであろう。 (表紙写真は「二階堂切通」)
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鎌倉の旅行記 朝夷奈切通。鎌倉と六浦の港を結ぶ街道だ。 「朝夷奈...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 「二階堂切通」。永福寺からの街道にあり、六国峠(天園...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 かつての釈迦堂口切通。上に見えるのが釈迦堂小切通。 ...
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鎌倉の旅行記 釈迦堂小切通。 「大町釈迦堂口遺跡」(http...
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鎌倉の旅行記 名越切通の大空洞(おおほうとう)。 こうした防御施設...
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鎌倉の旅行記 巨福呂坂切通。 巨福呂坂洞門ができて消滅してしまった...
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鎌倉の旅行記 化粧坂切通。 「鎌倉化粧坂切通?春夏秋冬」(htt...
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鎌倉の旅行記 亀ヶ谷坂切通。 峠から左に入るのが本来の切通であり、...
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鎌倉の旅行記 極楽寺坂切通。 「鎌倉極楽寺坂切通」(http...
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通。 「大仏坂切通?2011年夏」(htt...
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鎌倉の旅行記 高野の切通。 「鎌倉高野の切通(長窪の切通)」(h...
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鎌倉の旅行記 大船の切通。 「鎌倉大船の切通?大船熊野神社裏から...
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鎌倉の旅行記 永福寺切通。 永福寺から百八やぐらに向かう尾根道(...
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,相馬師常墓やぐら
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2010/01/~" . 2010/01/
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

相馬師常墓やぐら

 鎌倉市扇ガ谷2にある相馬師常墓やぐらは、古くから相馬師常の墓であると地元の人々に言い伝えられている。 相馬師常(そうまもろつね)(保延5年(1139年)?元久2年(1205年))は鎌倉幕府創設時の有力御家人である千葉常胤の次男で相馬氏の祖となった。綺麗に整えられた参道が墓前まで続いている。  入り口に扉が付いているのは、昭和初期に中の宝篋印塔が盗難されて以来だそうだ。花が手向けられ、正月飾りも付いて、地元の住民から手厚く守られているのであろう。石段横に「相馬次郎師常之墓」の石碑(昭和7年3月、鎌倉町青年団)が建っている。 (表紙写真は相馬師常墓やぐら)
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鎌倉の旅行記 「史跡 相馬師常墓やぐら」説明板。
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鎌倉の旅行記 相馬師常墓やぐら。 鎌倉中でのやぐらの発祥は相馬師...
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鎌倉の旅行記 「相馬次郎師常之墓」の石碑(昭和7年3月、鎌倉町青年...
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鎌倉・湘南 ,大仏坂切通?2011年夏
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2011/06/12~" . 2011/06/12
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大仏坂切通?2011年夏

 鎌倉七口の一つ大仏坂切通は3年間の長きに亘って通行止めになっていたが、この春から再開された。大仏切通の史料上の初出は江戸時代初期であり、掘削年代は不明である。鎌倉七口は江戸期の命名である。一部が昭和52年(1977年)8月10日に国の史跡に指定されている。  現在見られる姿は、実際には明治12年(1879年)から翌年にかけて開削工事されたもので、このとき5丁(約545 m)の山道を3丈(約9 m)切り下げて人力車が通れるようにした、と切通の鎌倉側入口にある石碑に記されている。  大仏隧道から山を登って分け入った。かつては通行禁止になっていた木柵の階段を登って山道を進んでいく。下に新道を通る車の音が聞こえる。単に大仏隧道をバイパスするだけのような山道でらしさがない。途中に三叉路があり、道標が建っている。「高徳院(大仏)」と「火の見下」だけで「住友常盤住宅」の表示はない。三叉路で2方向だけの道案内が鎌倉らしい。火の見下方面を下って行くと切通があった。これが明治に掘削されたものであろう。しかし、とても人力車が通れるとは思われない。道もぬかるんでおり、今回の再開にあたっては何も整備をしていないことは明らかだ。短い切通を右に曲がると開けた場所があり、高い崖にやぐらが見える。落石注意の看板があり、どうやらこのあたりが落石していたようだ。この下の道には水が流れ、杉林の向こうに民家が見える。民家の間の曲がりくねった道は川を暗渠にした川跡のようにも思える。バス通りに出たところが火の見下バス停である。  住友常盤住宅のある谷戸奥の東側には大仏ハイキングコースからの山道があり、西側には大仏坂切通に続く山道が残っており、これが古くからある道であろう。大仏隧道から山を登って行く大仏坂切通に続く山道も大仏ハイキングコースもどうもしっくりとはこないからだ。大仏隧道を越えて極楽寺に続く道もトンネルが掘られる前は何処か別の場所を通っていたのだろう。  鎌倉時代の掘削であるとは断定できない大仏坂切通は短い距離であり、史跡とは名ばかりのぬかるんで歩けないようなどうしようもないところである。 (表紙写真は大仏坂切通)
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鎌倉の旅行記 大仏隧道の手前には旧県営水道ポンプ場の古い建物(旧大...
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鎌倉の旅行記 大仏隧道。 「大仏坂切通」に代わる新道として、明治...
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鎌倉の旅行記 大仏隧道手前の階段を登っていく。
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鎌倉の旅行記 紫陽花の山道を登る。
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鎌倉の旅行記 道標と「葛原岡・大仏ハイキングコース」案内板。
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鎌倉の旅行記 「葛原岡・大仏ハイキングコース」案内板。
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鎌倉の旅行記 葛原岡・大仏ハイキングコースからの分かれ道。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通への階段。
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鎌倉の旅行記 葛原岡・大仏ハイキングコースの階段。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通への階段。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通への山道。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通への山道。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通への下りの階段。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通への山道。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通への山道。
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鎌倉の旅行記 崖のネット。
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鎌倉の旅行記 崖のネット。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通への山道。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通への山道。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通への山道。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通への山道。
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鎌倉の旅行記 三叉路の道標。
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鎌倉の旅行記 三叉路の道標。
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鎌倉の旅行記 住友常盤住宅・仲ノ坂方面
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鎌倉の旅行記 火の見下方面。
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鎌倉の旅行記 TVアンテナ。倒れている。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通へ下る山道。
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鎌倉の旅行記 大仏坂切通へ下る山道。
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鎌倉の旅行記 やぐらの前に石。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口。川のようだ。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口の民家の塀に「←大仏切通」。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口。民家の軒下にある。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口。紫陽花が咲いている。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口。紫陽花が咲いている。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口。民家の角を曲がる。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口。バス通り。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口。バス通りに出ると火の見下バス停だ。
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鎌倉の旅行記 火の見下出口。バス通りからの入口。
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鎌倉の旅行記 火の見下バス停の欅の木。
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鎌倉の旅行記 住友常盤住宅・仲ノ坂方面からの山道。10m程度で住宅...
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鎌倉・湘南 ,鎌倉・平景清牢跡
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2011/10/01~" . 2011/10/01
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

鎌倉・平景清牢跡

 扇ガ谷4の化粧坂を下ったところに平景清牢跡がある。平家の残党上総悪七兵衛伊藤景清が死んだ土牢という伝説がある。やぐらのようにも見える。  平忠光・景清兄弟は、源平合戦の屋島、壇ノ浦で奮戦し、敗れたが自刃せず、戦場を離脱して頼朝暗殺を図った。忠光は建久3年(1192年)正月永福寺の工事現場で、頼朝暗殺に失敗し六浦で梟首、景清は建久6年(1195年)、東大寺大仏開眼供養に参列する頼朝の命を狙うが、寸前に捕らえられた。  鎌倉に護送された景清は、最初は和田義盛、次に八田知家に預けられるが、その奔放な振る舞いに両家は手を焼いた。  やがて悟を開いたか景清は自ら土牢にはいり、断食の末翌七年三月七日息絶えたという。景清には伝説が多く、近松門左衛門の浄瑠璃や歌舞伎で知られる。ここがその悪七兵衛景清が入った所と言われている。  なお、平景清牢跡には景清の墓と「向陽庵大悲堂碑記」の石碑が建っている。向陽庵は景清の娘人丸姫が、景清の守り本尊であった十一面観音を祀ったお堂とされる。その木像十一面観音像は現在は海蔵寺にあるという。人丸姫は死後扇ヶ谷に葬られ、「人丸塚」があったそだが、現在は、安養院に移されている。 (表紙写真は平景清牢跡)
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鎌倉の旅行記 平景清牢跡。
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鎌倉の旅行記 平景清牢跡。
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鎌倉の旅行記 「向陽庵大悲堂碑記」。
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鎌倉の旅行記 「向陽庵大悲堂碑記」。
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鎌倉の旅行記 「向陽庵大悲堂碑記」。
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鎌倉の旅行記 「向陽庵大悲堂碑記」。
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鎌倉の旅行記 「向陽庵大悲堂碑記」。「明和二年乙酉秋七月」とあり、...
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鎌倉の旅行記 「向陽庵大悲堂碑記」。
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鎌倉の旅行記 「向陽庵大悲堂碑記」。「星岡河保寿敬書」とある。
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鎌倉の旅行記 「向陽庵大悲堂碑記」。
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鎌倉の旅行記 「向陽庵大悲堂碑記」(明和2年(1765年)銘)。 ...
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鎌倉の旅行記 「水鑑景清大居士」の墓石。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 平景清牢跡。
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鎌倉の旅行記 平景清牢跡。
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,鎌倉北条首やぐら
鎌倉の地域
鎌倉・湘南
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鎌倉の旅行時期
2010/11/20~" . 2010/11/20
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

鎌倉北条首やぐら

 天園ハイキングコースの瑞泉寺の上あたりに、偏界一覧亭跡に建つお堂がある。その少し先に「従是右北条御一門御廟所」の石標(文政12年(1829年)銘)が建っている。道標に従い右に折れ、少し行くとやぐら群が見えてくる。数えると11ある。これが石標の北条御一門御廟所である。北条御一門御廟所は北条首やぐらと呼ばれていて、元弘3年(1333年)、新田義貞が鎌倉を攻め、敗れた北条高時以下一族の墓と伝えられている。天園ハイキングコースにはこの先に貝吹地蔵もあり、ほら貝を吹いて新田勢が攻め寄せてきたのを知らせたという。  やぐら同士は繋がっているものもある。また、壁面に五輪塔と位牌、石仏が彫られている2つ繋がったやぐらもあり、五輪塔が残るやぐらが幾つかある。天園ハイキングコースの瑞泉寺の上あたりにはやぐら群が多くあるが、五輪塔が残るやぐらが何箇所かある。この北条首やぐらのやぐら群から下る道は心もとなく、道はやぐら群で途切れているのだろう。したがって、天園ハイキングコースから分かれて伸びる道は北条御一門御廟所への参道であろう。 (表紙写真は北条首やぐらの五基の五輪塔)
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鎌倉の旅行記 天園ハイキングコースと瑞泉寺との境の柵が新しくなって...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 偏界一覧亭跡に建つお堂。
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鎌倉の旅行記 「偏界一覧亭旧跡」石碑。昭和10年3月に鎌倉町青年団...
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鎌倉の旅行記 偏界一覧亭跡に建つお堂と石碑。
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鎌倉の旅行記 北条首やぐら。最初の2つ。
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鎌倉の旅行記 「従是右北条御一門御廟所」の石標。
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鎌倉の旅行記 文政12年(1829年)銘。
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鎌倉の旅行記 北条首やぐら。3つ目と4つ目は中で繋がっている。3つ...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 北条首やぐら。
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鎌倉の旅行記 北条首やぐら。五輪塔に花が供えられている。
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鎌倉の旅行記 北条首やぐら。五輪塔が見える。
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鎌倉の旅行記 北条首やぐら。墓石が見える。
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鎌倉の旅行記 北条首やぐら。
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鎌倉の旅行記 北条首やぐら。
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鎌倉の旅行記 北条首やぐら。
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鎌倉の旅行記 北条首やぐら。
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鎌倉の旅行記 北条首やぐら。2つのやぐらは中で繋がっている。
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,鎌倉・佐助トンネル西側(鍛冶谷)のやぐら
鎌倉の地域
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2010/05/08~" . 2010/05/08
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

鎌倉・佐助トンネル西側(鍛冶谷)のやぐら

 鎌倉市佐助2にある佐助トンネル西側は鍛冶谷であり、民家の裏山の崖には大きなやぐらが残る。佐助トンネルは鍛冶谷と無量寺谷を結び、鍛冶谷の一つ北にある谷戸が法性寺谷と呼ばれている。また、佐助谷西側にある新佐助トンネルの東側の谷戸が松ガ谷と呼ばれている。  道路から見えるやぐらの中には屋根を掛け、自転車置場になっている大きなやぐらもある。このあたりの地層は傾いているために、天井の一方はこの地層に沿って斜めに掘り、天井のもう一方も対称になるように掘ってある。したがって、やぐらの入口のかたちが5角形の家型になっている。こうした天井を持つやぐらは珍しい。地層に沿って岩を剥がした天井面に対し、地層を斜めに削った天井面は剥がれ易く、落石が多いために、やぐらの中に屋根が掛かっているのだろう。 (表紙写真は佐助トンネル西側(鍛冶谷)のやぐら)
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鎌倉の旅行記 佐助トンネル西側(鍛冶谷)のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 佐助トンネル西側(鍛冶谷)のやぐら。自転車置場になっ...
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,鎌倉のやや大きなやぐら巡り
鎌倉の地域
鎌倉・湘南
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2008/04/05~" . 2011/12/10
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鎌倉のやや大きなやぐら巡り

 鎌倉には2,000とも5,000とも言われる数を超えるやぐらがあるとされている。やぐらは、鎌倉中を中心に存在する中世(鎌倉時代から室町時代初期)の横穴墳墓や供養所でお堂のようなものもあったであろう。鎌倉在郷では六浦(横浜市金沢区)、深沢、大船、岩瀬、小菅ヶ谷(横浜市栄区)、上郷町(横浜市栄区)あたりまでで、鎌倉郡に広く分布している訳ではない。例えば、鎌倉時代に創建された常楽寺などでは、裏山に崖があるが、やぐらはと探すと1つしか見付からなかった。また、やぐらは切通のあるところには必ずあると思われるが、「二階堂切通」や高野の切通には付随していない。また、現在でも宅地開発や道路の拡張などで破壊されている。あるいは、地震や崖崩れで埋没したものもあろう。  鎌倉に残る大きなやぐらは何ダースもなく、せいぜい1、2ダースと言ったところか。それに続くやや大きなやぐらはと言えば何ダースかはあろう。やぐらの大きさを測定したことは無いが、見た感じでやや大きいと思えたやぐらを3ダース余り挙げておく。 (表紙写真は寿福寺のやや大きなやぐら)
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 寿福寺のやぐら。
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鎌倉の旅行記 三浦一族のやぐら(法華堂跡)。
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鎌倉の旅行記 瑞泉寺庭園のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 海蔵寺隧道奥のやぐら。右手の道路、海蔵寺墓地下。
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鎌倉の旅行記 海蔵寺隧道奥のやぐらの内部。
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鎌倉の旅行記 海蔵寺境内のやぐら(雨宝殿(うほうでん))。宇賀神さ...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 海蔵寺境内奥のやぐら。右奥にもさらに横穴が伸びている...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 海蔵寺参道のやぐら。庚申塔が安置されている。残りが良...
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鎌倉の旅行記 海蔵寺裏のやぐら。駐車場に使われている。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 海蔵寺駐車場のやぐら。
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鎌倉の旅行記 龍隠庵(円覚寺)2段やぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 龍隠庵(円覚寺)やぐら。10年位前に基壇は設けられ、...
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鎌倉の旅行記 唐糸やぐら隣のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 日月やぐら(じつげつやぐら)。
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鎌倉の旅行記 十四やぐら。
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鎌倉の旅行記 朱垂木やぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 西瓜ヶ谷のやぐら。右奥の横穴がある。駐車場に使われて...
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鎌倉の旅行記 西瓜ヶ谷のやぐら右奥の横穴。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 朱垂木やぐら右隣のやぐら。朱垂木やぐらの2/3程度は...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 3連やぐら(朱垂木やぐら群)。3つのやぐらが中で繋が...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 回春院跡上のやぐら(朱垂木やぐら群)。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 回春院跡やぐら(朱垂木やぐら群)。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 回春院跡やぐら(朱垂木やぐら群)の奥右側に横穴がある...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 お塔の窪やぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 鎌倉グリーンテニスクラブのやぐら(右)(十二所)。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 鎌倉グリーンテニスクラブのやぐら(左)(十二所)。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 東泉水やぐら(手前)。
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鎌倉の旅行記 正続院(円覚寺)唐門塀横のやぐら。中は広い?
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鎌倉の旅行記 正続院(円覚寺)土蔵裏のやぐら。屋根が懸かっている。
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鎌倉の旅行記 本田家2階やぐら。
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鎌倉の旅行記 六方井やぐら。
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鎌倉の旅行記 古我邸やぐら。
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鎌倉の旅行記 太刀洗川崖上のやぐら。
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鎌倉の旅行記 明月院坂下のやぐら。駐車場に使われているようだ。
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鎌倉の旅行記 松巌寺跡やぐら。中に穴が空いており、外から光が届く。
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鎌倉の旅行記 旧前田家別邸(鎌倉文学館)のやぐら。戦時中は防空壕に...
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鎌倉の旅行記 黄金やぐら。
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鎌倉の旅行記 佐助トンネル西側のやぐら。自転車置場になっている。
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鎌倉の旅行記 百八やぐら。200を越えるとも言われる百八やぐらは中...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 百八やぐら。
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鎌倉の旅行記 百八やぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 百八やぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 十王岩下下段やぐら(右)。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 十王岩下下段やぐら(左)。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 薬王寺入口向かいのやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 用堂尼(後醍醐天皇皇女)のお墓(東慶寺)。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 十二所神社横畑のやぐら。
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鎌倉の旅行記 日朗が監禁されていた土牢(光則寺)。
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鎌倉の旅行記 安国論寺の御法窟(日蓮岩屋)。「松葉谷日蓮上人遺績」...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 安国論寺の御法窟(日蓮岩屋)。御小庵の奥に御法窟があ...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 南面窟(安国論寺)。
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鎌倉の旅行記 明月院のやぐら。
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鎌倉の旅行記 第1のやぐら(北条首やぐら)。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 中に17基の五輪塔が安置されている。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 中に17基の五輪塔が安置されている。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 第2のやぐら(北条首やぐら)。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 第3のやぐらから見る第2のやぐら(北条首やぐら)。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 5基の五輪塔が安置されている。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 中央(第8)のやぐら(北条首やぐら)。左の(第9)や...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 中に安置されている五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 奥中央に掘られた五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 右側手前に彫られた位牌。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 深田やぐら群(横浜市栄区上郷町)の中央のやぐら。丸天...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 壽福寺墓地入口のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 今小路(扇ガ谷1)のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 智岸寺稲荷横(智岸寺跡)のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 薬王寺向かい(扇ガ谷3)のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 薬王寺向かい(扇ガ谷3)のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 亀ヶ谷(扇ガ谷3)のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 亀ヶ谷(扇ガ谷3)のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 勝縁寺谷(扇ガ谷3)のやぐら。落石が多い。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 勝縁寺谷(扇ガ谷3)奥右のやぐら。
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,鎌倉・打越のやぐら
鎌倉の地域
鎌倉・湘南
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2010/01/09~" . 2010/01/09
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鎌倉・打越のやぐら

 鎌倉市笛田6には打越のやぐらが並ぶ。大仏トンネルに向かう道路沿いにある。この道路は大仏坂切通と並走する道であり、中世からある道であろう。そうすると、大仏トンネルのある山を越える山道が長谷4にある大仏坂の旧道に続いていても不思議ではない。  おそらくは、一般に言われているような大仏坂切通の替わりに大仏トンネルを掘ったのではなく、大仏トンネルのある山を越える山道の替わりに大仏トンネルを掘ったのであろう。大仏坂切通の整備が明治時代に入ってから行われ、大仏トンネルも明治時代になって掘られたのは、化粧坂の上にある葛原岡から常盤、深沢、さらに藤沢に抜ける街道に大仏坂切通があり、長谷と常盤、深沢を結ぶ道は山道で別にあったのであろう。  大仏トンネルを通ることで山の尾根道、現在残る大仏ハイキングコースを通らなくても、今小路あたりから長谷を経て、常盤、深沢、さらに藤沢に抜けるのが楽になり、大仏坂切通の人通りが少なくなっていったのであろう。葛原岡から今の大仏ハイキングコースを通り、住友常盤住宅を経て大仏坂切通へ向かうのが昔の街道跡と思われるからである。 (表紙写真は打越の道路沿いにあるやぐら)
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 打越の道路沿いにあるやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 打越の道路沿いにあるやぐら。鉄柱と金網で封鎖されてい...
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,極楽寺坂切通(鎌倉七口)
鎌倉の地域
鎌倉・湘南
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2011/10/23~" . 2011/10/23
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極楽寺坂切通(鎌倉七口)

 鎌倉市極楽寺2と坂ノ下を結ぶのが極楽寺坂切通である。鎌倉七口とされるが、鎌倉七口では唯一、ここだけが史跡指定はされていない。極楽寺の寺伝によれば、極楽寺坂切通は忍性が最初に切り開いたとされる。鎌倉時代後半のこととされる。極楽寺坂切通を有名なものとしたのは、元弘3年(1333年)の新田義貞鎌倉討入りである。十一人塚に埋葬された左将軍・大館次郎宗氏等が戦死し、新田軍は極楽寺坂切通の突破を諦めて、稲村ヶ崎を通って鎌倉に攻め入り、鎌倉幕府を滅ぼした。  極楽寺坂切通は、今では普通の車道として整備されてしまっており、切通の風情がない。それでも坂の両脇には探すとやぐらが並んでいる。庚申塔も移動され、階段の途中にある。新しく日限六地蔵が坂ノ下に安置されるようになったが、亀ヶ谷坂切通や巨福呂坂切通とどの程度違っているのかと考えても良く分からない。極楽寺坂切通、亀ヶ谷坂切通、巨福呂坂切通はいずれも史跡には値しないと感じている。 (表紙写真は極楽寺坂切通)
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 極楽寺坂切通。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 極楽寺坂切通。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 極楽寺坂切通。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 極楽寺坂切通。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 極楽寺坂切通。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 極楽寺坂切通。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 極楽寺坂切通。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 成就院側崖のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 成就院側崖のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 史跡碑上のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 史跡碑下のやぐら。
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鎌倉の旅行記 坂ノ下。
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,川合邸(鎌倉雪ノ下)
鎌倉の地域
鎌倉・湘南
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2010/01/~" . 2010/01/
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川合邸(鎌倉雪ノ下)

 小町通が切れる鎌倉鶴岡八幡宮の左手の三叉路、鉄ノ井のはす向かいにある川合邸は、亜鉛引鉄板瓦棒葺きの青緑の屋根と、灰色のドイツ壁が木立の間から見える木造平屋建の洋風建築である。 庭の木立が鎌倉鶴岡八幡宮角の雑踏を遮断しているのだろう。  この建物は、大正11年(1922年)に東京製絨株式会社の取締役だった小菅久徳氏邸として建てられ、昭和15年(1940年)に川合氏の所有となった。鎌倉市に残る数少ない関東大震災前の洋風建築として貴重なものだ。  鎌倉市景観重要建築物第10号(平成7年(1995年)指定)になっている。 (表紙写真は木立に囲まれた川合邸)
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 鎌倉市景観重要建築物(指定第10号)「川合邸」プレー...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 川合邸。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 川合邸。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 川合邸。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 川合邸。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 川合邸。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 川合邸。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 ステンドグラスで飾られている。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 屋根の曲線。
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,冷泉為相墓裏のやぐら
鎌倉の地域
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2011/10/23~" . 2011/10/23
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冷泉為相墓裏のやぐら

 浄光明寺裏山の奥に史跡・冷泉為相墓があり、その奥下にやぐらがある。このやぐらと浄光明寺境内の冷泉為相墓との間には柵と扉があり、毎年4月に行われる鎌倉祭りの期間中にしかこの扉は開けられない。しかし、この柵や扉は史跡・浄光明寺境内・冷泉為相墓を区切るもので、やぐらに行けないようにしている訳ではない。  浄光明寺境内にも不動堂裏や客殿裏、収蔵庫裏、仏殿横、綱引地蔵尊が安置されているところやその周辺にやぐらが存在している。しかし、冷泉為相墓裏のやぐらは浄光明寺のやぐらではなさそうで、多宝寺のやぐらであろうか。  このやぐらは相当に広く、中には数多くの五輪塔が並び、壁面には区画が区切られて五輪塔が安置されている。このやぐらに安置されている五輪塔は100基はないであろうが、80基は越えようか。これほど多くの五輪塔が安置されているやぐらも他にはないであろう。 (表紙写真は冷泉為相墓裏のやぐらの中に並ぶ五輪塔)
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 冷泉為相墓の囲い。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 冷泉為相墓裏のやぐら。明月院やぐらが7m×6m(13...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 入口右側に並ぶ五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 入口右側に並ぶ五輪塔。
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鎌倉の旅行記 冷泉為相墓裏のやぐらの中の右側。正面奥と右側面に仕切...
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鎌倉の旅行記 冷泉為相墓裏のやぐらの中の右側。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 冷泉為相墓裏のやぐらの中の右側。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 冷泉為相墓裏のやぐらの中の中央。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 冷泉為相墓裏のやぐらの中の左側。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 冷泉為相墓裏のやぐらの中の左側。五輪塔が1基だけの小...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 冷泉為相墓裏のやぐらの中の左側面の仕切り。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 冷泉為相墓裏のやぐらの中の左側面手前。
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鎌倉の旅行記 冷泉為相墓裏のやぐらの入口の左側。
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鎌倉の旅行記 冷泉為相墓の宝篋印塔。
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,巨福呂山頂やぐら群
鎌倉の地域
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2011/10/23~" . 2011/10/23
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巨福呂山頂やぐら群

 巨福呂坂の西側崖の上には尾根道が続いている。巨福呂坂切通を過ぎ、円応寺に近づくあたりに小さな山頂があり、表側と裏側に1つづつのやぐらがある。さらに、尾根道を進むと、円応寺と建長寺塔頭禅居院との間に小高い頂があり、石祠が祀られている。その小山の扇ガ谷側に3つのやぐらが並び、小山の反対側の建長寺側にも小さなやぐらがある。お寺の境内が山頂で分けられていたとすれば、3つは多宝寺のやぐらで1つは建長寺のやぐらとなろうか。この小山は丁度、建長寺伽藍の中心線にあるようだ。  3つのやぐらにはそれぞれ真ん中に四角い埋葬穴が穿たれており、その奥には、手前と真ん中のやぐらにはそれぞれ五輪塔が1基づつ、奥のやぐらにはお地蔵さまが祀られている。とても見易いやぐらであるが、埋葬穴や五輪塔、お地蔵さまが残っているのはそうないであろう。崖下のお寺の人しか出入りしていないから残っているのであろう。 (表紙写真は建長寺向かい山頂下にある手前のやぐらの中の五輪塔)
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 円応寺手前の山頂のやぐら。
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鎌倉の旅行記 円応寺手前の山頂裏のやぐら。
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鎌倉の旅行記 建長寺向かいの山頂下のやぐら。3つ並んでいる。
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鎌倉の旅行記 最初のやぐら。
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鎌倉の旅行記 奥には五輪塔。
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鎌倉の旅行記 2つ目のやぐら。
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鎌倉の旅行記 埋葬穴と五輪塔。
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鎌倉の旅行記 左側面の五輪塔。
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鎌倉の旅行記 右側面。
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鎌倉の旅行記 最初のやぐらの中。
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鎌倉の旅行記 3つ目のやぐら。
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鎌倉の旅行記 埋葬穴と石仏。
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鎌倉の旅行記 石仏はお地蔵さまのようだ。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 3つのやぐらがある山の山頂には祠が。丁度、建長寺伽藍...
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 裏にある別のやぐら。建長寺側に向いている。建長寺塔頭...
鎌倉の旅行記
鎌倉・湘南 ,多宝寺跡やぐら群
鎌倉の地域
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2011/10/23~" . 2011/10/23
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多宝寺跡やぐら群

 多宝寺跡やぐら群は覚賢塔の脇にあるという。見学に出かけた。覚賢塔の谷の東側にも倒木があったが、覚賢塔の西側のやぐらが並ぶ谷にも大きな杉の倒木がある。先月の台風で倒れたのであろう。  この谷のやぐら群は天園ハイキングコースにある十王岩直下の谷にあるやぐら群と同じように足場が悪い。それだけに足跡などもない。ほとんど誰も見学にはこないのであろう。それでも毎年4月の鎌倉祭りには何人かは見学に訪れるであろうが、この状態では足の踏み場もないくらいだ。  やぐらは南向きの崖に3段になっている。下は落石や枯れ木で埋もれそうなものもある。それでも五輪塔などが辛うじて残っている。ここには16のやぐらがあるということだが、そこまではないかも知れない。  戻りはやぐらのある崖で低いところから上によじ登った。崖の上は平地で下草が刈られ、桜が植樹されている。道にはコンクリート板が敷かれ、参道という感じだ。崖の上と下とでは正に天と地と言ったところだ。 (表紙写真は多宝寺跡やぐら群の中段のやぐら)
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鎌倉の旅行記 覚賢塔に向かって左側の崖。多宝寺跡やぐら群がある。
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鎌倉の旅行記 小さな岩の掘削跡。やぐら?
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鎌倉の旅行記 崖の上段のやぐら。3つか。
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鎌倉の旅行記 崖の中段のやぐら。上段から倒木が寄り掛かっている。
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鎌倉の旅行記 崖の上段のやぐら。
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鎌倉の旅行記 崖の下段のやぐら。
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鎌倉の旅行記 崖の下段のやぐらの中に五輪塔が並んでいる。
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鎌倉の旅行記 崖の下段のやぐらの中の五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 崖の下段のやぐらの中の五輪塔。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 崖の中段のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 崖の中段のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 崖の中段のやぐら。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 崖の下段のやぐら。塔の石材が散乱しているのだろう。
鎌倉の写真
鎌倉の旅行記 崖の下段のやぐら。五輪塔の石材が散乱しているようだ。
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鎌倉の旅行記 崖の下段のやぐら。五輪塔が並んでいる。
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鎌倉の旅行記 崖の中段のやぐら。
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鎌倉の旅行記 やぐらのある崖。
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鎌倉の旅行記 崖の下段のやぐら。手前に3基の五輪塔、奥のやぐらにも...
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鎌倉の旅行記 奥のやぐらに3基の五輪塔。
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鎌倉の旅行記 下段のやぐらの上にある穴。やぐらだろうか。
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鎌倉の旅行記 下段のやぐらの手前に3基の五輪塔。
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鎌倉の旅行記 落ち葉で埋もれかけている下段のやぐら。
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鎌倉の旅行記 中段のやぐら前の五輪塔。
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鎌倉の旅行記 中段のやぐらの中の五輪塔。
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鎌倉の旅行記 中段隣のやぐら。中に五輪塔が見える。
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鎌倉の旅行記 中段隣のやぐら。中に五輪塔が見える。
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鎌倉の旅行記 中段隣のやぐら。中に五輪塔が見える。
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鎌倉の旅行記 中段のやぐら前の五輪塔。
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鎌倉の旅行記 中段のやぐらの中の五輪塔。
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鎌倉の旅行記 中段のやぐらの中の五輪塔。
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鎌倉の旅行記 やぐらが見られる崖。
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鎌倉の旅行記 やぐらが見られる崖の下部。五輪塔と倒れた宝篋印塔が見...
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鎌倉の旅行記 崩れた宝篋印塔。
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鎌倉の旅行記 五輪塔。
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鎌倉の旅行記 やぐらが見られる崖。
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鎌倉の旅行記 下に並ぶ五輪塔。
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鎌倉の旅行記 崩れた五輪塔の石材。
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鎌倉の旅行記 2つ並んだ五輪塔。
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鎌倉の旅行記 岩の窪み。やぐらか?
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鎌倉の旅行記 やぐらがある崖。
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鎌倉の旅行記 やぐらの前の杉林。倒木がある。
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鎌倉の旅行記 やぐらがある崖と杉林。
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鎌倉の旅行記 崖。登れそうな低い崖を探している。
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鎌倉の旅行記 崖。登れそうな低い崖を探している。このあたりからよじ...
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鎌倉の旅行記 よじ登っている崖の横。
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鎌倉の旅行記 よじ登っている崖の横。
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鎌倉・湘南 ,本田家のやぐら(鎌倉市扇ガ谷2)
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ドクターキムル
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2011/09/24~" . 2011/09/24
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

本田家のやぐら(鎌倉市扇ガ谷2)

 鎌倉市扇ガ谷2にある本田家には3つのやぐらがある。このあたりには亀ヶ谷坂下からやぐらが並んでおり、相馬師常墓やぐらや扇谷上杉管領屋敷跡裏のやぐらなどが連なっている。本田家には扇ガ谷の地名の起こりになったと言われている扇ノ井がある。  それでも、この扇ノ井がある地は鎌倉では稀有の場所であったので感激した。鎌倉十井と呼ばれた井戸が800年を経ても残っている以上に、ここ本田家が800年もこの地に住み続けていることも驚きだ。  また、扇ノ井の向かって左側には入口の小さなやぐらがあるが、奥にも彫られた凸形をしており、その広さは鎌倉では最大級である。覚園寺境内にある大きなやぐらよりは高さがないが、広さはある。また、各隅に梁を通した溝が残り、朱垂木やぐらを思い起こさせる。おそらくは、お堂のようになっていたのであろう。今は広い手前側には漬物樽が並んでおり、漬物蔵のようにして使われている。奥の間の狭い方は何も置かれてはいない。おそらくは、神聖な場として残されているのかも知れない。  やぐらは2段になっており、上段には本田(本多)家の御先祖様と思しき墓石(本多平八郎銘など)が並んでいるそうだ。丁度、浄光明寺阿弥陀堂(仏殿)横にあるやぐらの中の大伴神主家墓所の墓石と同じ材質のように見える。新しさからすれば江戸時代後期のものであろうか。  扇ノ井の右側には2階建(造り)のやぐらになっている。これほど大型の2階建(造り)のやぐらは珍しい。今は物置になっている。  すなわち、扇ノ井(鎌倉十井)、800年間同じ地に住み続けてきた本田家、本田(本多)家の御先祖様の墓(やぐら)、最大級の広さのやぐら、大型の2階建(造り)のやぐらが揃っているのだ。  車庫の横、高橋宅の通用口から入って見させて頂いた。残念ながら、大型の2階建(造り)のやぐらは鉄筋コンクリートで補強されているが、扇ノ井の水が飲めなくなったことといい、こうした地が変わってしまっていくことが残念であるが、史跡指定もされずにいることは不思議な感じがする。 (表紙写真は広さが最大級のやぐらの入口)
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鎌倉の旅行記 ポンプの向こうに2段のやぐらが見える。
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鎌倉の旅行記 やぐらの入口。狭い入口だ。
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鎌倉の旅行記 奥の間。
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鎌倉の旅行記 奥の間の前には柱や垂木を通した溝が残る。やぐらの内部...
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鎌倉の旅行記 手前の間には柱や垂木を通した溝が残る。やぐらの内部は...
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鎌倉の旅行記 手前の間には垂木を通した溝が残る。やぐらの内部はとて...
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鎌倉の旅行記 2階建(造り)のやぐら。2階も物置に使っているために...
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鎌倉の旅行記 2階の床部分。
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鎌倉の旅行記 2階建(造り)のやぐらの1階部分。鉄筋コンクリートで...
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鎌倉の旅行記 上段のやぐら。
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鎌倉の旅行記 上段のやぐら。墓石が見える。
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鎌倉・湘南 ,紅葉山やぐら(鎌倉市小町3)
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2011/09/24~" . 2011/09/24
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紅葉山やぐら(鎌倉市小町3)

 鎌倉市小町3にある紅葉山やぐらの看板には「史跡『紅葉山やぐら』」とあり、国の史跡に指定されているのかと疑問に思うであろうが、国指定文化財等データベースには記載されていないからほっと安心する。鎌倉市か何かの史跡であろう。  宝戒寺裏の滑川に架かる宝戒寺橋を渡ったところにある。昭和10年(1935年)に発見され、五輪塔や納骨穴、それに海蔵寺十六井と全く同じものが出土されている。その時代考証からも、北条執権ゆかりの納骨と言われている。  平成11年(1999年)に崩落したが、その後の県教育委員会の調査でも十六井が確認されている。この後の復旧で現在のような、山肌を鉄筋コンクリートで覆った、史跡とはとても思われないような姿に変わっている。最も、この奥にある穴は防空壕になっているが、この紅葉山やぐらの姿は60数年前ならば喜ばれたかも知れない。  立派な宝戒寺橋を渡って滑川を遡ろうとしても大蔵稲荷橋までは辿り着かない。途中から私道となって通行禁止となるからだ。この魑魅魍魎とした滑川右岸の入口が宝戒寺橋であり、直ぐに目に入るのが紅葉山やぐらのおかしな姿だ。一度行ったら二度と行きたくない場所だ。 (表紙写真は紅葉山やぐら)
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鎌倉の旅行記 紅葉山やぐら。こんな姿のやぐらは誰も期待してはいない...
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鎌倉の旅行記 紅葉山やぐら。こんな姿のやぐらは誰も期待してはいない...
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鎌倉の旅行記 宝戒寺橋の下流に架かる東勝橋。目と鼻の先にあるのだが...
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鎌倉の旅行記 「史跡『紅葉山やぐら』」。 「 史跡「紅葉山や...
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鎌倉の旅行記 「せせらぎ『滑川』」。 「せせらぎ『滑川』は、...
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鎌倉の旅行記 宝戒寺橋を渡ると山裾に枝垂れ桜が植えられている。先日...
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鎌倉の旅行記 宝戒寺橋。
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鎌倉・湘南 ,大町7丁目奥のやぐら群
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大町7丁目奥のやぐら群

 大町7の住宅が切れると未舗装の道路が続き、暫く行くと両側が開ける。道の両側に畑が広がる。畑の中の道を進むと一番奥の畑の手前に矢印があり、ここから山道に入り、この畑の奥の沢を登って行く。直ぐに杉林の左側の崖にやぐらが並んでいるのが見える。杉林の沢は4段構成であろうか。やぐらは2段か3段ある。右側の崖にはやぐらはなく、左側の崖に10個程度のやぐらが確認できる。中を覗いたやぐらなかで3つには五輪塔などが残っていた。  このやぐら群には名前が付いてないという。このことからも、鎌倉ではやぐらがぞんざいにされてきたことが分かる。  谷の2段目ではハイキングコース上にスズメバチの巣が散乱して、1階建てか2階建て程度にバラバラになっていた。そこにスズメバチが何100匹もいる。私が追い越してきたアベックが将にその場に来ていたので慌てて上から声を掛けた。スズメバチの散乱した巣に気が付いて草むらに迂回して難を逃れた。聞一発という感じであった。先日の台風で木に架かっていたスズメバチの巣が落ちたのだ。山道には木の枝が折れて落ち、積み重なるだけではなく、時にはスズメバチの巣も落ちて散乱することがあるのだ。思いもかけない台風の置き土産であった。帰り道、やぐらに行くにはこの道で良いのか聞かれた。スズメバチの巣があるから注意するようにと伝えた。 (表紙写真はやぐらの内部)
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鎌倉の旅行記 谷戸の奥の畑の手前のこの矢印のある山道に入る。この杉...
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鎌倉の旅行記 山道から奥の畑に向かって大きな広葉樹が枝を伸ばしてい...
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鎌倉の旅行記 奥の畑の直ぐ上の2つ並んだやぐら。沢の1段目にある。
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鎌倉の旅行記 やぐらは2段になっている。
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鎌倉の旅行記 沢の1段目にある2つ並んだやぐら。近づいてみる。
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鎌倉の旅行記 左のやぐらの中。中は石がゴロゴロしている。
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鎌倉の旅行記 右のやぐらの中。四角錘の上に五輪塔がある。天井も2段...
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鎌倉の旅行記 沢の2段目にある2段のやぐら。
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鎌倉の旅行記 沢の2段目にあるやぐら。良く見ると3段目もある。
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鎌倉の旅行記 やはり3段構成だ。
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鎌倉の旅行記 沢の2段目のハイキングコース上に散乱しているスズメバ...
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鎌倉の旅行記 沢の2段目のハイキングコース上に散乱しているスズメバ...
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鎌倉の旅行記 沢の2段目にある1段目右のやぐらの内部。五輪塔がある...
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鎌倉の旅行記 沢の2段目にある1段目左のやぐらの内部。五輪塔が崩れ...
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鎌倉の旅行記 沢の2段目にある2段目のやぐらの内部。
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鎌倉の旅行記 沢の2段目にある2段目のやぐらの内部。
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鎌倉の旅行記 沢の2段目にある2段目のやぐらが続く。
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鎌倉の旅行記 沢の2段目にある2段目のやぐらの内部。天井下に棚のよ...
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鎌倉の旅行記 沢の2段目にある2段目のやぐらの内部。側壁も四角く掘...
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鎌倉の旅行記 沢の2段目にある2段目のやぐら。
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鎌倉の旅行記 沢の3段目のやぐら。
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鎌倉の旅行記 巡礼古道から見下ろしたやぐらのある沢の山道。
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鎌倉・湘南 ,日本基督教団鎌倉教会会堂
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2010/01/~" . 2010/03/
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日本基督教団鎌倉教会会堂

 鎌倉市由比ガ浜の若宮大路沿いにあるは、それまでの木造の会堂が大正12年(1923年)の関東大震災で倒壊したために、大正15年(1926年)に建てられた、鉄筋コンクリート造2階建、塔屋(4階)付の建物である。若宮大路に向かって高くそびえ立つ正面の鐘塔がある塔屋4階部が創建後に増築されたものである。これにより教会会堂らしさが出、戦前に建てられたプロテスタント教会会堂の代表例の一つとなっている。この教会と同じ敷地には付属のハリス記念幼稚園がある。  鎌倉市景観重要建築物第5号(平成4年(1992年)指定)になっている。 (表紙写真は日本基督教団鎌倉教会会堂)
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鎌倉の旅行記 鎌倉市景観重要建築物(指定第5号)「日本基督教団鎌倉...
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鎌倉の旅行記 日本基督教団鎌倉教会会堂。

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